プリンセストヨトミ 登場人物イメージ

nao道

2011年05月29日 22:51

「プリンセス・トヨトミ」(万城目学/文藝春秋)の登場人物の名前は、誰もが気付いているとは思いますが、歴史上(特に戦国期から安土桃山時代が中心)の人物の名前にドーモ近いイメージに設定されています。ちょっとオモロイので調べてみました。
万城目先生に尋ねたら「特に考えてない。」とか言われそうやけどドーゾ。


会計検査院の面々

1.松平元(まつだいらはじめ)→松平元康(まつだいらもとやす)…徳川家康が今川家から独立する以前の名前。ご存知、江戸幕府を開いた征夷大将軍。豊臣政権下では五大老筆頭。
因みに元NHKアナウンサーの松平定知は徳川家康の異父弟・松平定勝を祖とする伊予松山藩久松松平家の分家(旗本)の子孫。

2.鳥居(とりい)→鳥居元忠(とりいもとただ)…徳川家康の家臣。関ヶ原の前哨戦となる西軍による伏見城攻めで戦死。その忠節は「三河武士の鑑」と称された。

3.旭ゲーンズブール(あさひげーんずぶーる)→旭姫(あさひひめ)…豊臣秀吉の異父妹。家康との結婚後は「駿河御前」と呼ばれた。秀吉が家康を懐柔するために強制的に夫と離縁させられ、家康の正室として嫁がされた。朝日姫ともいう。
ゲーンズブールはセルジュ・ゲーンズブールからではないかと推測した。ただフランスっぽいイメージを演出したいだけで深い意味は無いのではないかなと。


大阪市立空堀中学校の生徒たち

1.真田大輔(さなだだいすけ)→真田大助(さなだだいすけ)…大助は通称で正式には真田幸昌という。真田幸村の子。母は竹林院(大谷吉継の娘)。

2.橋場茶子(はしばちゃこ)→羽柴姓(はしば)+茶々(ちゃちゃ)…羽柴は秀吉が、織田信長の家臣であった頃に名乗っていた姓氏。
茶々は浅井三姉妹の長女。豊臣秀吉の側室となり、嫡男・豊臣秀頼(幼名拾丸)を産む。秀吉の死後は、秀頼の生母として豊臣家政を掌握するが、大坂夏の陣で秀頼とともに自刃。

3.蜂須賀勝(はちすかまさる)→蜂須賀正勝(はちすかまさかつ)…羽柴秀吉の重臣。通称の小六が著名。

4.島猛司(しまたけし)→島勝猛(しまかつたけ)…正式には島清興というが、通称・島左近が有名。石田三成の家臣。「治部少(三成)に過ぎたるものが二つあり島の左近と佐和山の城」と謳われるほどの人物であった。

5.木村(きむら)→木村重成(きむらしげなり)…大坂冬の陣では後藤基次とともに今福砦攻防戦を展開し、数に勝る徳川軍と対等に戦い全国に木村重成の名を広めた。重成は秀頼の信頼が厚く、元服すると豊臣家の重臣となり重要な会議などにも出席していた。

6.木村兄(きむらあに)→木村高成(きむらたかなり)…秀次事件で秀次を弁護したことから、秀吉より秀次の与党として連座の罪に問われ、父・木村重茲重と共に自害した。

7.後藤(ごとう)→後藤基次(ごとうもとつぐ)…黒田孝高(如水)・豊臣秀頼の家臣。通称の後藤又兵衛が有名。大坂夏の陣では、遊撃戦にて家康を斬ったという伝説を残す。


真田家の人々

1.真田幸一(さなだこういち)→真田幸村(さなだゆきむら)…真田信繁が正式な名前。大坂夏の陣では寡兵を持って徳川家康本陣まで攻め込み、徳川家康をあと一歩のところまで追いつめた。江戸期以降、講談や小説などで真田十勇士を従えて宿敵である徳川家康に果敢に挑む英雄的武将真田幸村として取り上げられ、広く一般に知られることになった。

2.真田竹子(さなだたけこ)→竹林院(利世)…幸村の正室。大谷吉継の娘。

社団法人OJOの面々

1.長宗我部(ちょうそかべ)→長宗我部盛親(ちょうそかべもりちか)…四国の覇者・長宗我部元親の四男。大坂城近郊での最終決戦には参加せず、大坂城・京橋口の守りについていたが、敗北が決定的になると「我ら運さえ良ければ天下は大坂たるよ」と言い残し再起を図って逃亡した。

2.石田(いしだ)→石田三成(いしだみつなり)…五奉行の一人。秀吉の信任厚く秀吉政権下で辣腕を振るった。

3.片桐(かたぎり)→片桐且元(かたぎりかつもと)…賤ヶ岳七本槍の一人。豊臣秀吉より豊臣姓を許される。

空堀商店街

1.浅野(あさの)→浅野幸長(あさのよしなが)…五奉行の一人。父は豊臣秀吉の正室・おね(高台院)の義弟。


大阪国の男たち

1.前田玄二郎(まえだげんじろう)→前田玄以(まえだげんい)…豊臣政権において京都所司代として朝廷との交渉役を務め後陽成天皇の聚楽第行幸では奉行として活躍している。

2.加藤清志(かとうきよし)→加藤清正(かとうきよまさ)…賤ヶ岳七本槍の一人。秀吉の家臣として各地を転戦して武功を挙げ、肥後北半国を与えられた。肥後南半石は小西行長が治めた。

3.福島正やん(ふくしままさやん)→福島正則(ふくしままさのり)…賤ヶ岳七本槍の一人。母が豊臣秀吉の叔母だったため幼少より小姓として秀吉に仕え、播磨三木城の攻撃で初陣を飾る。山崎の戦いの軍功で500石を知行し、賤ヶ岳の戦いのときは一番槍・一番首として敵将・拝郷家嘉を討ち取るという大功を立てて賞され、賤ヶ岳の七本槍の中でも突出して5,000石を与えられた。

4.大谷直也(おおたになおや)→大谷吉継(おおたによしつぐ)…天正13年、従五位下、刑部少輔に叙任される。これにより「大谷刑部」と呼ばれるようになる。秀吉の有馬温泉湯治に石田三成ら他の近臣と共に同行している。

5.南場雄三(なんばゆうぞう)→難波(なんば)…大阪市中央区・浪速区にある地名からと思われるが不明。難波雄三という岡山県の競艇選手とは無関係であろう。

6.長柄(ながつか)→長柄(ながら)…大阪市北区の地名・橋名からと思われる。ここでは、五奉行の一人である長束(なつか)正家の「なつか」の読みになっている。

7.豊崎(とよさき)→豊崎(とよさき)…大阪市北区の地名からと思われるが不明。

8.竹中丁兵衛(たけなかちょうべえ)→竹中半兵衛(たけなかはんべえ)…竹中重治が正式名。戦国時代を代表する軍師としても知られ、豊臣秀吉から三顧の礼で迎い入れられ参謀として活躍し、黒田孝高(黒田官兵衛)とともに「二兵衛」と並び称された。

9.黒田孝一(くろだこういち)→黒田孝高(くろだよしたか)…通称の「官兵衛」や出家後の「如水」の号で有名。秀吉の高松城攻めの最中、京都で明智光秀による本能寺の変が起こり信長が横死した。変を知った孝高は秀吉に対して、毛利輝元と和睦して光秀を討つように献策し、中国大返しを成功させたと言われる。

10.速水久繁(はやみひさしげ)→速水守久(はやみもりひさ)…秀吉没後も秀頼によく仕えた。徳川家康に秀頼らの助命を嘆願するものの聞き入れられることはなく、自害する秀頼の介錯(毛利勝永とする説もある)を務め、その死に殉じた。

大阪府警

1.宇喜多(うきた)→宇喜多秀家(うきたひでいえ)…五大老の一人。豊臣秀吉より「秀」の字を与えられ、秀家と名乗った。秀吉の養女(前田利家の娘)の豪姫を正室とする。このため、外様ではあるが、秀吉の一門衆としての扱いを受けることとなった。
文禄元年(1592年)からの文禄の役には大将として出陣している。

2.増田(ました)→増田長盛(ましたながもり)…五奉行の一人。太閤検地では石田三成と共に中心的な役割を担い美濃国・越後国といった要地の検地奉行を務めた。三条大橋・五条大橋の改修工事など作事も担当し、三条大橋には今も長盛の名が刻まれている。

その他の面々

1.千野(ちの)→千利休(せんのりきゅう)…何も削るものがないところまで無駄を省いて、緊張感を作り出すというわび茶の完成者として知られる。茶聖と謳われた。

2.初子(はつこ)→初(はつ)…浅井三姉妹の次女。京極高次の正室として京極家に入った。京極家は、室町幕府の侍所の長官を世襲した四職の家門であり、出雲・隠岐・飛騨などの守護を兼ねた名門の武家であった。
-以上

名前が明確でない登場人物は載せていませんので4946。府警の課長とか議事堂の車イスのおじいちゃんとかは省きました。映画では俳優さんが演じていました。小説の中で動く人物だけを集めてみました。

ついに今日(日曜日)、観てきました。映画ではこんなに多くの登場人物は出ていませんでした。上の「大阪国の男たち」は全く出番なしでした。映画ってこんな風に原作の要素を分解して、そして映像として再構築するんですね。こんなコトになってるとは思いませんでした。しかし、府庁前のエキストラの多さには圧倒されますよ。ドーやって撮ったんやろと正直思ってしまいます。

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台風が吹き荒れても観に行こう!

原作:万城目学「プリンセス・トヨトミ」(文藝春秋)
監督:鈴木雅之
キャスト:
鳥居-綾瀬はるか
旭ゲーンズブール-岡田将生
松平元-堤真一
真田幸一-中井貴一
真田竹子-和久井映見
真田大輔-森永悠希
橋場茶子-沢木ルカ
公式サイト: http://www.princess-toyotomi.com/

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