住吉踊を広めていた中心的存在である住吉神宮寺も明治初年に廃寺となり中絶していましたが、大正10年5月に樂正會により復興され、大正11年3月28日には時の皇太后陛下の御台覧に供し奉ることとなりました。御田植神事の行列に加わったのもこの年のことでした。現在では童女と呼ばれる小学校低学年から中学生までの女子によって踊られる住吉踊も復興当初は成人男子が踊っていました。
住吉踊は天下泰平・五穀豊穣・庶民繁栄・家庭和楽を祈る意味をもち、衣装も僧形僧服で中心には長柄の傘を持った教導師が柄を打ち拍子を取りながら唄い、その周囲を四人一組になって心の字に象って踊るのを基本とします。踊りの手振りはごく素朴な野趣に富んだもので、五人が一つの傘の中で踊るのは天地五行に象り、衣装には紅、白、紫、黄、黒の五色を用います。傘はこの世界に住む我も人も心を本とする意と言い、傘開くところ即ち住吉大神の守り給う所でもあります。また音頭の掛声「イヤホエ」は「陰陽穂栄」を転訛したものであると言います。
久しぶりに動画を取り入れてみました。かわいいですね。Eもんですな。