坐摩神社

nao道

2010年09月24日 01:59


こちらの神社、鳥居が珍しいと思いませんか?
私・不肖nao道、「三鳥居」という形式を見たことがなかった(気付いてなかったのかも)!
この神社は、もう何回も書いたアノ住所、大阪市中央区久太郎町四丁目渡辺-3に鎮座する、たいへん由緒のあるお宮さんです。
チョッコシ調べてみましたので↓

神武天皇高皇産霊神天照大御神神勅を受けて、宮中に「大宮地之霊」を祀ったのが起源といわれ、神功皇后の御代に、大江、田蓑島の渡辺の地(現在当社の御旅所がある大阪市中央区石町2丁目)に奉祀されたのが坐摩神社の始まりといわれています。1582年(天正10)、豊臣秀吉の大坂城築城にあたり替地を命ぜられ、寛永年間(1624~1644年)に現在地へ遷されました。


坐摩神社には五柱の祭神が、以下の神様が祀られていて・・・
生井神(いくいのかみ)
福井神(さくいのかみ)
綱長井神(つながいのかみ)
波比岐神(はひきのかみ)
阿須波神(あすはのかみ)
これらを総称して「坐摩神」と呼びます。


坐摩神社は普通は、ざま神社(ざまじんじゃ・ざまさん)とか呼ばれていますが、正式には、「いかすりじんじゃ」です。この名の云われは、土地または居住地を守るという意味の「居所知(いかしり)」という言葉からきているのだそうです。

坐摩神社

平安時代の「延喜式」には、摂津国西成郡の唯一の大社と記され、住まいの守護神であり、居住する人々の安全を守り、旅行や外出中での災難から守ってくれる産土神として信仰を集める坐摩神社。
神功皇后が応神天皇を身ごもった時に安産祈願をされたことから、安産の神としても知られています。
当社の創祀には諸説がありますが、神功皇后新羅より御帰還の折、淀川南岸の大江、田蓑島のちの渡辺の地(現在の天満橋の西方、石町附近)に奉祀されたのが始まりとされています。
平安時代の「延喜式」には攝津國西成郡の唯一の大社と記され、産土神として今日に至っています。また朱雀天皇の御代、天慶2年(939)以来祈雨11社中に列し、以後たびたび祈雨〔雨乞い〕のご祈請・奉幣預かりました。
天正10年(1582)豊臣秀吉大坂築城に当たり替地を命ぜられ、寛永年間現在地に遷座されました。現在の鎮座地名を渡辺と称するのも、元の地名が移されたもので、全国の渡辺・渡部等の姓の発祥の地でもあります。旧社地と伝えられる石町には現在も当社の行宮御旅所)が鎮座されています。
明治元年(1868)の明治天皇大阪行幸の際には当社に御親拝なされ、相撲を天覧されました。
昭和11年(1936)官幣中社に列せられた際に御造営された壮麗な御社殿は昭和34年(1959)に鉄筋コンクリート造で戦前の姿のままに復興されたものです。-
-坐摩神社HPの由緒書

旧在所は、現・大阪市中央区石町にあって、その地に今も坐摩神社行宮があります。
行宮に関する記事はコチラから!

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