国宝 住吉大社本殿

nao道

2013年03月01日 19:19



住吉大社本宮

大阪の総鎮守である住吉大社は、平安時代の延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に名を連ねる式内社であり、また摂津国の一宮をも担っていました。その境内の中枢には、第一本宮から第四本宮まで、計四棟の本殿が建ち並び、そのいずれもが住吉造(すみよしづくり)と呼ばれる神社建築の様式で建てられています。この住吉造は、伊勢神宮の神明造(しんめいづくり)や、出雲大社の大社造(たいしゃづくり)と共に、最古の神社建築様式とされるもので、この住吉大社の本殿4棟は江戸時代後期に建て替えられたものながら、神代にまで遡る住吉造を今に伝える建築として貴重であることから昭和28年(1953)、国宝に認定されました。




住吉大社の御祭神

国宝 住吉大社本殿4棟 を表示同じ形式の社殿が四棟、L字型に建ち並ぶ住吉大社の四棟の本殿は、最も奥に第一殿が建ち、その手前に第二殿、第三殿が縦に配され、第三殿の右隣に第四殿が並ぶという、他に類を見ない特異な配置となっています。御祭神は、第一本宮が底筒男命(そこつつのをのみこと)、第二本宮が中筒男命(なかつつのをのみこと)、第三本宮が表筒男命(うはつつのをのみこと)で、これら三柱を総称して住吉三神と呼びます。そして第四本宮に祀られているのは、住吉大社の起源に関わる息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)こと神功皇后です。
また海の神を祀るため社殿はいずれも西、すなわち大阪湾の方を向いています。かつて境内は大阪湾に面する海岸沿いに位置していました。



住吉大社本殿の歴史

現在の社殿は、江戸時代後期の文化7年(1810)の建造と、国宝建造物にしては古いものでありませんが、これはかつて住吉大社が式年遷宮を行っていた為で、住吉大社では20年ごとに行われていました。経年劣化による社殿の穢れを祓い、常に若々しくあり続けるという、神道における常若(とこわか)の精神を示すと共に、定期的に建て替えを行う事で、その建築様式や建造技術が変わることなく次世代へと継承される効果をもたらすのでしたが、古建造物に対する文化財的意識が高まった近代以降は、式年遷宮で建て替えまで行う神社は伊勢神宮のみとなり、住吉大社もまた30年ごとに社殿の修理を行う事で、式年造替に代えています。




住吉大社本殿の構造

住吉大社の社殿はいずれも、本殿の前に幣殿が建ち、それらが渡殿(わたりでん)によって接続される構成となっています。
幣殿は切妻屋根の平入で、正面に千鳥破風と軒唐破風を設け、割拝殿の形式を採っています。幣殿の規模は、第一殿のもののみ桁行五間、梁間二間で、それ以外は桁行三間、梁間二間となっていて、いずれも幣殿の奥には桁行二間、梁間一間の渡殿が続き、渡殿内には朱塗りの鳥居が構えられています。この幣殿と渡殿もまた、本殿と同様に文化7年の式年遷宮で建て替えられたもので、重要文化財の指定を受けています。渡殿の背後に続く国宝の本殿は、切妻屋根の妻入で、その規模は桁行四間、梁間二間。力強い直線的な屋根が特徴的です。




住吉大社本殿の構造2

板玉垣と荒垣によって二重に囲まれている各本殿は、礎石の上に柱が立てられ、それに羽目板壁と床を張った、弥生時代の高床式倉庫を彷彿とさせる形状の建物です。柱や破風板、垂木などは、色鮮やかな丹塗りであり、壁は貝殻を砕いて作られた胡粉(ごふん)で白く塗られています。妻面は、合掌状に組んだ部材の中央に束を立てた豕扠首(いのこさす)と、破風板より下げられている懸魚(げぎょ)によって飾られており、屋根の上にはこれまた直線的な形状の千木(ちぎ)と、五本の堅魚木(かつおぎ)が置かれ、社殿を象徴しています。本殿の内部は二部屋に分かれており、そのうち手前二間が外陣、一段高く作られた奥側二間を内陣と呼び、いずれの部屋も内部に柱は立てられていません。



平成13年春号の「大阪春秋・142号」(新風書房)は、「住吉大社御鎮座1800年の歴史」と題してこの神社の特集を組んでいます。その中で、現在の宮司である真弓常忠氏は「本殿の様式」について以下のように述べています。

「住吉造本殿の様式は、大嘗宮の建築と頗る酷似して居り、殿内の鋪設は『住吉大社神代記』に徴しても、神体らしきものの記載は認められないので、もともと神体はなかったものと見なされる上、斎童が殿内に着座して神霊が憑依したことと窺われる痕跡が認められるところから、本来神主が託宣を発したものと察せられ、神主自らが<祭られる神>であったことを証明する。
また出雲大社の古伝新嘗祭や大社造本殿の神座の位置によって、神人共食の儀礼が古儀の主体であったこと、住吉大社の古儀においても総官(神主)が取次をする対象が<何者か>と想定するものの「神霊」と表現するほかないこと、朝鮮のシャーマニズムとも対比して神人共食による祭祀の伝統が形成されたと推定することができる。
さらに住吉造本殿は、周知のように第一、第二、第三本宮が西向に直列し、第四本宮は第三本宮と並列している。この社殿配置は五世紀代よりほぼ原型を保って現在に至っているものと理解できる。」


たいへん興味深い記述だと思い引用させて頂きました。



住吉造

御本殿は「住吉造」といわれており、神社建築史上最古の特殊な様式で国宝に指定。3つの特徴からなります。

1.柱・垂木・破風板は丹塗り、 羽目板壁は白胡粉塗り
2.屋根は桧皮葺で切妻の力強い直線
3.出入り口が直線型妻入式

屋根には置千木と5本の四角堅魚木があります。周囲に迴廊はなく、本殿の周囲には板玉垣、その外に荒忌垣があります。
柱は太い丸柱で礎石の上に立っており、柱間は横板張りで、正面より前が外陣、奥が一段高い内陣と二室あります。第一本宮から第三本宮までは直列、第四本宮と第三本宮は並列に配置され、全国的にもたいへん珍しい建築配置です。あたかも大海原をゆく船団のように立ちならび、「三社の縦に進むは魚鱗の備え 一社のひらくは鶴翼の構えあり よって八陣の法をあらわす」とも言い伝えられます。
-住吉大社HPより

住吉大社のHPはコチラからドーゾ。私の記事より簡潔でEと思います。


初詣の時期の第一本宮はこんな感じです。たいへん賑わっています。


土日に訪れると、結婚式に立ち会うというか、その様子を見る機会も多いです。


今回は、国法建造物に指定されている本殿について書きましたが、住吉大社の成り立ち、由緒、その歴史や現在の取組については、またいずれ「住吉さん」特集を組んでその中でやりますのでその時は4946です。


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