大阪城 刻印石広場
刻印石広場
この広場は、大阪築城400年を記念し、その石垣を形成している刻印石を展示、紹介するため新設したものである。
刻印石とは、大阪城の石垣築城に参加を命ぜられた諸大名の家臣や石工らが、石集めや石積の過程で、個々の石に、必要に応じてさまざまな文字や文様を刻み込み、さらに出来上った石垣の表面に担当大名の家紋その他を刻み込んだもので、これまでに数万個も発見されている。ここに展示したものは、昔の石置き場、周辺の川筋などから出土したものや場内の石垣修理で撤去されたものなどである。
一般に、大阪城の石垣は豊臣時代のものがそのまま残されていると思われがちであるが、実は、現存する石垣はすべて元和・寛永年間(1620~1629)に徳川幕府が西日本の64藩を動員して築かせたもので、無数の刻印石がその事実を証明している。-昭和58年10月 大阪市
極楽橋を渡り山里丸跡に入るとスグに、石がやたらゴロゴロころがっている不思議な光景に遭遇します。
この刻印石広場の石は、テキトーに散らばっているわけではなく、採掘された場所によって各ゾーンに整理されて置かれています。
加賀金沢・前田筑前守利常という大名は、非常に多くの石を献上しているようです。ハッキリ言って目立ちます。上の家紋は、パッと見は薩摩・島津家の丸に十の家紋かと思いきや加賀・前田家家臣のものです。
チョット足早にいかないと…もう一月後に迫っている大阪検定が心配でなりません。
今日は、青屋門ルート第5弾ということで4946!
下の地図のA-Bが青屋門ルートです。
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