大阪天満宮の由緒

nao道

2011年07月25日 10:10



大阪天満宮 由緒

大阪天満宮の地には大阪天満宮が造営されるまえから大将軍社が祀られていた。同社は、長柄豊碕宮(ながらのとよさきのみや、大阪市中央区)の西北を鎮護するため、650年(白雉元年)に創祀された叢祠(ほこら)で、毎年6月と12月の晦日に、鬼気(もののけ)が都へ侵入するのを防ぐ道饗祭(みちあえのまつり)を斎行していた。901年(昌泰4年)九州へ左遷される菅原道真公は難波の渡辺に寄り、大将軍社に参拝して海路、筑紫へ旅立たれた。903年(延喜3年)、道真公は太宰府で59歳の生涯を終えたが、その約50年後の949年(天暦3年)のある夜、この大将軍社の社前に突如、七本の松が生え、夜ごとに梢が金色に光り輝いた(七本松伝承)。時の村上天皇は、これを道真公にゆかりの奇瑞として、勅願に依って社の大将軍森(のちに天神の森と呼ばれる。現在南森町という)に天満宮を造営した。以後、千有余年、寸尺も位置を変更することなく現在に至った。1342年(天正2年)に楠木正成と山名時氏の合戦、1570年(元亀元年)の石山合戦、1837年(天保8年)の大塩平八郎の乱等に焼失。現在の本殿は1843年(天保14年)の建築で、様式は権現造。なお、大将軍社は当宮の境内社となり、今に道饗祭を伝えている。
-大阪天満宮由緒書


今日は天神祭の日に書きたかった天神さんの由緒を書けてE日になりました。今年の天神祭の様子をホンマは書きたかったんですけどね。


まだまだ終わらない「天神さんとその周辺」特集です。
これから天神祭が終わっても「天神さん」本体とは何かを特集でやりますので4946です!


大きな地図で見る

「おおさか遊ぶろぐ」でこの記事をチェック!

関連記事