筑前橋

nao道

2013年05月05日 18:31


筑前橋は江戸時代の初期からあったが、今の橋より一筋上流に架けられていました。筑前殿橋とも呼ばれており、中之島にあった筑前・福岡藩(黒田藩)の蔵屋敷への便を図って架けられたと考えられています。当時は一般の人の通行は許されず、他藩の大名もこの橋を渡ることを遠慮したと言われています。


筑前・福岡藩の旧黒田藩蔵屋敷長屋門は、江戸中期の蔵屋敷の希少な遺構で、現在の中之島三井ビルディング付近(現在の筑前橋の上流、肥後橋寄り)にあったものです。昭和8年(1933)の同ビル建設時に大阪市に寄贈され、天王寺にある市立美術館南側に移築しました。大きく立派な門構えから当時の中之島の繁栄がうかがわれます。


筑前橋は、何と言っても市立科学館をバックに撮ってみるとEでしょう。


肥後、筑前と旧国名が名付けられた橋が連続しましたね。中之島にふさわしい橋名です。
忘れていました。これらの橋が架かる川自体が土佐堀川という名前でしたね。
江戸時代の諸藩の蔵屋敷がいかに中之島界隈に犇めきあっていたのかがうかがわれます。最盛期には130以上の蔵屋敷が軒を連ねたといいます。



橋長:69.0m
幅員:14.6m
形式:桁橋
完成:昭和7年(1932)



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