中之島に架かる橋
中之島に橋が架けられた時代は非常に古く、歴史ある橋は現代にも活き活きとそのその使命をまっとうしようとしています。
大阪(大坂)が「天下の台所」と謳われた江戸時代は、土佐堀川や堂島川の水運を利用する為に、各藩の蔵屋敷が立ち並び、ここに全国各地の物資が集まる物流の集積地となっていました。明治時代になると、これらの蔵屋敷は払い下げられ、大阪の商業やビジネスの中心としての役割だけでなく、中之島図書館や大阪市中央公会堂等の文化施設や大阪帝国大学(現・大阪大学)をはじめとする学校や病院が建設され、近代商都大阪において情報と文化の発信地でもありました。
水都大阪を象徴する中之島は、土佐堀川と堂島川に挟まれた、東西約3km、面積約723,266㎡の細長い中洲で、行政区分上は大阪市北区に属しています。上流が大川(旧淀川)、下流が安治川と呼ばれる一級河川で、中之島北端で大川は南北両岸に、土佐堀川、堂島川へと分岐しています。
中之島に架かる橋は、南北を流れる両河川に架かる橋と同義になるので、島の東端、上の画像の天神橋から順に、川の流れのまま…
中之島を跨ぐ橋:
天神橋-
難波橋
土佐堀川に架かる橋:
栴檀木橋-
淀屋橋-
錦橋-
肥後橋-
筑前橋-
常安橋-
越中橋-
土佐堀橋-
湊橋-
端建蔵橋
堂島川に架かる橋:
鉾流橋-
水晶橋-
大江橋-
中之島ガーデンブリッジ-
渡辺橋-
田蓑橋-
玉江橋-
堂島大橋-
上船津橋-
船津橋
の22橋になります。(
上記の橋名の全てに個別記事へのリンクを貼っています。各橋についてチョット詳しく書いていますのでクリックしてみて下さい。)
そのうち江戸幕府が直轄管理した公儀橋は浪華三大橋(天満橋・天神橋・難波橋)にも含まれる天神橋と難波橋だけです。
第5回大阪検定の試験日も近いので、ここで「おさらい」のおさらいで、公儀橋について簡単に述べておきますと…江戸時代には八百八橋と言われるほど大坂には数多くの橋がありましたが、公儀橋という幕府が直轄管理する橋は、天満橋、天神橋、難波橋、京橋、鴫野橋、野田橋、備前島橋、高麗橋、本町橋、農人橋、日本橋、長堀橋の12橋しかなく、それ以外は全て町橋とよばれ、町人やその地域の民間人が管理運営していました。…ということです。
中之島やその両対岸には官庁や大企業のビル、国際会議場やホテルが、川や橋とともに水都を彩っています。
以上、「中之島に架かる橋」についての「おさらい」でした。
また機会があれば、川の流れのまま、大阪に現存する歴史ある橋について書いてみます。4946!
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