オオサカジン

日記/一般 日記/一般   | 大阪市

新規登録ログインヘルプ


O-TUBE By nao道
nao道
nao道
みんなが知ってるいつもの大阪、意外に知られていないあんな歴史こんな人物、ウソかホンマか伝説・逸話、そして大阪検定のためになる話とソーでもない記事満載のブログ。
コメント・TB、お待ちしております。4946!!!
COUNTER
< 2024年05月 >
S M T W T F S
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
WEEKLY-RANKING
 › O-TUBE › 古今芸能・文学 › 天満天神繁昌亭
2011年09月15日

天満天神繁昌亭

天満天神繁昌亭
上方落語の始まりは、一七〇〇年頃、京都に露の五郎兵衛、大阪に米沢彦八が現れ、神社の境内などでおもしろい咄を聞かせて見せた。これらは「辻ばなし」とも言われ、ここが出発点とされる。一時はすたれるが一八〇〇年頃、大阪坐摩(ざま)神社で、桂文治が小屋掛けの常打ちの寄席を始め、以来 各地で落語専門の常打ちの小屋が出来る。
一九〇〇年頃、上方落語は隆盛を誇るも、第二次世界大戦で大阪は焦土と化し、全ての落語の定席を失う。
二〇〇六年九月十五日、多くの上方落語を愛する篤志の皆様の浄財で、大阪天満宮、天神橋筋商店街のご協力により、一九五七年上方落語協会結成以来、積年の夢であった定席が、明治から昭和にかけて天満八軒と呼ばれた、上方落語に縁の深いここに建立され、上方落語の定席が六十一年ぶりに復活した。
四五〇〇を越える方々のご厚志に応えるべく、さらなる上方落語の隆盛を誓う。
-社団法人 上方落語協会

天満天神繁昌亭
戦前の大阪にはいくつもの落語の定席がありました。大阪天満宮界隈にもかつては八軒もの寄席がありましたが全て戦火に焼失してしまいました。
天神橋筋商店連合会と上方落語協会(桂三枝会長)は、街の活性化と上方芸能文化の継承発展のため大阪天満宮の大工門前に落語専門定席「天満天神繁昌亭」を開設しました。新しい大阪名所の一つとして賑わいをみせています。
提灯がたくさん架かっています。これは、一口1万円で一口寄付者の名前が10名分書かれています。5万円、10万円の場合は寄付者一名だけの名前が書かれています。様々な企業や個人の名前がみられます。

アクセスは、地下鉄谷町線・堺筋線「南森町駅」、JR東西線「大阪天満宮駅」から徒歩3分となっています。たこ焼き


大きな地図で見る

「おおさか遊ぶろぐ」でこの記事をチェック!

タグ :北区

同じカテゴリー(古今芸能・文学)の記事画像
内子座文楽-真夏の愛媛旅行5
二代目吉田玉男襲名披露口上
一谷嫩軍記
卅三間堂棟由来
靭猿
天網島時雨炬燵‐紙屋内の段
同じカテゴリー(古今芸能・文学)の記事
 内子座文楽-真夏の愛媛旅行5 (2015-11-01 11:04)
 二代目吉田玉男襲名披露口上 (2015-04-29 09:09)
 一谷嫩軍記 (2015-04-24 11:11)
 卅三間堂棟由来 (2015-04-23 07:07)
 靭猿 (2015-04-21 10:10)
 天網島時雨炬燵‐紙屋内の段 (2015-04-18 23:34)

 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。