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 › O-TUBE › 古今芸能・文学 › 川端康成生誕地
2011年09月16日

川端康成生誕地

川端康成生誕地
「伊豆の踊子」「雪国」などの名作で日本的抒情文学の代表作家とされる川端康成は短編小説の名手として国際的に知られ、昭和43年(1968)に日本人では初めてノーベル賞を授与されました。
彼は明治32年(1899)6月14日の生まれで生家は料亭相生楼敷地の南端あたりにありました。
-現地碑文より原文ママ

石碑には、「日本人では初めてノーベル賞を…」と記述されていますが、正確には「日本人では初めてノーベル文学賞を…」ということでEでしょう。

川端康成生誕地
料亭・相生楼は大阪天満宮表門の南東スグに位置します。そしてその敷地の南端付近の家で川端康成が生まれました。
文脈通りにいけば、下の地図の目印1の辺りになるはずです。大きな地図でドーゾ。赤面
彼が生まれた頃の町名は大阪市北区此花町(一丁目七十九番屋敷)といいます。この付近の多くの町名同様、今はもう残っていません。

川端康成生誕地
川端康成の文学に影響を与えた場所、小説の舞台や川端が実際に取材に訪れた町の写真、その時の手記、草稿や原稿など貴重な資料と美しい写真が満載の全集です。
この本を久しぶりに開いてみるE機会になりました。
川端康成についてはまた今度、大阪・茨木市を訪ねたときに書いてみることにします。4946です。クローバー


より大きな地図で 川端康成生誕地 を表示


タグ :北区

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この記事へのコメント
住吉大社には「反橋」の文学碑がありますね。
幼い頃の記憶があったようです。
Posted by G.RONDO at 2011年09月16日 12:20
G.RONDOさん江

川端康成が没した年に僕は生まれました。(ただ覚えやすかっただけです。)
ちなみにマイ嫁はアガサ・クリスティが亡くなった年に生まれています。(今ネットで調べました。)
Posted by nao道 at 2011年09月16日 16:37
 
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