2012年09月09日
笑福亭松鶴の墓
ここには落語家さんのお墓がいくつかあるのですが、今回は笑福亭松鶴代々の墓(3代~6代目)を御紹介します。もちろん上方落語四天王の一人、六代目松鶴もここに眠っています。
三代目笑福亭松鶴(本名:武田亀太郎)
亨年65歳(弘化2年~明治42年)
二代目立川三光、初代桂慶冶の門に入るが、のち二代目笑福亭松鶴に招かれて三代目笑福亭松喬となり、明治11年、三代目松鶴を襲名した。明治37年には師の圓笑と同様に講釈師となり、竹山人と称する。
四代目笑福亭松鶴(本名:森村米吉)
亨年74歳(明治2年~昭和17年)
三代目松鶴に入門し、三代目松竹を名乗る。萬歳、枝鶴を経て明治40年四代目松鶴を襲名した。
大正14年に引退、昭和10年には弟子の二代目枝鶴に松鶴(五代目)の名を譲り、自らは松翁を名乗った。
五代目笑福亭松鶴(本名:竹内梅之助)
亨年67歳(明治17年~昭和25年)
明治37年に当時枝鶴であった四代目松鶴に入門、光鶴を名乗った。大正7年に二代目枝鶴を、昭和10年に五代目松鶴を襲名した。妻女あさのは林家正楽の娘にあたる。
六代目笑福亭松鶴(本名:竹内日出男)
亨年69歳(大正7年~昭和61年)
五代目松鶴の二男として生まれる。母方の祖父も落語家の林家正楽。昭和21年、初代笑福亭松之助で初舞台。23年に三代目光鶴となり、28年四代目枝鶴を襲名。37年六代目松鶴を襲名した。
上の画像は壽法寺の山門です。
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Posted by nao道 at 23:34│Comments(0)
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