2010年09月15日
坐摩神社行宮
御祭神 豊磐間戸神・奇磐間戸神
-由緒書(原文ママ)
読みが難しいので、私自身のためにも、難解なものを書き出してみますと、豊磐間戸=とよいわまど・奇磐間戸=くしいわまど・坐摩=いかすり・石町=こくまち、坐摩神社行宮=いかすりじんじゃあんぐう、となります。大阪市内には、窪津王子、坂口王子、郡戸王子、上野王子、阿倍王子、津守王子がありましたが、この6社のうち現存するのは、阿倍王子神社だけです。
九十九王子(くじゅうくおうじ・つくもおうじ・きゅうじゅうきゅうおうじ)とは、熊野古道沿いに在する神社のうち、主に12世紀から13世紀にかけて、皇族・貴人の熊野詣に際して先達をつとめた熊野修験の手で急速に組織された一群の神社をいい、参詣者の守護が祈願された。したがって、その分布は紀伊路・中辺路の沿道に限られる。
九十九王子(くじゅうくおうじ・つくもおうじ・きゅうじゅうきゅうおうじ)とは、熊野古道沿いに在する神社のうち、主に12世紀から13世紀にかけて、皇族・貴人の熊野詣に際して先達をつとめた熊野修験の手で急速に組織された一群の神社をいい、参詣者の守護が祈願された。したがって、その分布は紀伊路・中辺路の沿道に限られる。
-ウィキペディアより
この行宮は、窪津王子旧跡と比定されています。いろいろと調べましたが・・・ほぼ確定なんでしょうね。

八軒屋浜から上陸して、第一王子社の当地で休む、そこから熊野街道(谷町筋から阿倍野筋)を通って紀州(和歌山)からの熊野古道を行く、それが江戸時代には庶民の間でも流行りになった・・・昔の人はスゴク歩く!
私の住んでいる所は阿倍王子神社のすぐ傍ですが、天満橋から家まで、よー歩きまへん

次回は、大阪市中央区久太郎町四丁目渡辺-3に鎮座する現在の坐摩神社について書いてみます。
Posted by nao道 at 08:08│Comments(0)
│神社・仏閣
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